つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

ひとり暮らし 雑記

自分の快適な生活を求めるが故の結果ぼっち。心底楽しいんだからいいじゃないか。

2016/07/10

ひとりでいるのが好きすぎて、友達がとても少ないです。
正直、「友達」と評してもいいのかっていうレベルで疎遠だったりもします。

リアル人間関係からSNSで繋がる、というのがとても苦手なせいでFacebookもやっていません。SNSから発生した繋がりはいいんですけどね。逆輸入がダメです。

今のわたしの状況はおそらく世の中の大多数の人から見ると「寂しい人生」なのかな、とは思います。

 

結婚に関しては「無理だろうな」と判断している

この歳になると独身で年老いていくことのリスクはさすがに感じます。
子どもはともかくとして、配偶者という存在はとてもいいと思うんですね。

以前わたしの大好きな「怒り新党」でマツコ・デラックスが「結婚は制度としてよくできている」と言っていたのが印象に残っています。
詳細は忘れましたが、ひとが生きていく上で、多少しんどくても毎日ちゃんと働いて、怠惰にならないためには「家族を養う」ということはとても大きな要素になる、というような内容だったと思います。

ひとりだと自由の幅が大きすぎて、どんどん楽な方に流れがちなんですね。それこそ、毎日の食事も、家族がいればちゃんと作るのと一緒です。

その辺りの夫婦のあり方には納得していますが、やはり自分には難しいなとしか思わないんですよね。

完全にわたしは「結婚できない女」なんです。

自分でもここまで他人を自分のテリトリーに置きたくないと思っていては無理だろう、と。
もっと言うと、人間関係の積極性も皆無。まぁ無理ですよ。

ここら辺の人間関係の交流に関する拒否感って、もしかすると接客業をしている弊害かもしれません。

日々お客様と対することで自分の「人と関わる」許容量がいっぱいになってしまってます。その反動で休日は「誰とも会いたくない……」「もう家から出るのも嫌だ……」とか思っちゃうんですよね。

職業を誤ったか、とも思う今日この頃。

しかし接客業でもぼっち好きにはいいことがあります。
というのも、基本は接客ですから、職場の人とはそこまでガチで付き合う必要が薄いってことです。休憩は完全に交代制ですから、世間で言うところの「ランチでのお付き合い」や「社食でのぼっち飯で周りの目が気になる」などが存在しません。

わたしの場合はもっとありまして、遅番ということもありそれを口実に飲み会を不参加にできるということ。「わたしが入るからみんな飲み会いきなよ〜」と振ってさらりとシフトインです。
幸いなことに、今いる社員は飲み会好きなのでこっちから申し出ればそれで住むのがありがたいです。

断りたくてもただ断るとなると口実を作るのが大変です。変なこと言ってこじれるのも面倒です。同じ拘束されるなら、仕事してたほうが給料出ますからね。楽チン。

ま、あまりにも不参加を通しているので、いい加減バレている人にはバレてはいます。そういう相手にはさらっと角が立たない程度に説明すればさらっと流してくれるようになります。

 

大人になると、本当に嫌だと思うことはだんだんと自分で排除するようになる。

仕事でどうにも避けられないことはありますけど、特にプライベートに関して言えば、だんだんと自分の望む生活になっていくんです。

ひとりでいることが「寂しい」と感じるのであれば、自分で人間関係を広げるだろうし、婚活なりなんなりするでしょう。
そうじゃない時点で、その方面はやる気がないってことなんですよね。

こういう考えはあまり理解はされません。
わたしは単純にストレス源を減らしたい一心でやっているんですが、それが「寂しい」と表現されてしまうんです。

何かに対する評価って結局のところ人それぞれでしかないんです。
「ホラー面白い!」という趣味も理解できる人もいれば、すごく拒否反応を示す人もいます。
都会が最高、と思う人もいれば、田舎暮らしがいい、という人もいます。

なので「寂しい、辛い」というのは外部評価でしかないので、自分が楽しいならそれが最適です。
ぼっちが増えたとか、結婚はコスパが〜とか色々言われてますが、その手の特集って、結局否定系だったり実は馬鹿にするような結論を用意されていたりと、不快な事が多いです。

世の中大分多様化してきていますが、この辺はまだまだガチガチですよね。
分かってくれなくてもいいから理解できないならほっといて欲しい、というのもこちらのわがままなんでしょうか。
ぼっちはぼっちとして社会の隅で楽しく生きてるので、そっとしておいて下さい。

 

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