つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

読書について 雑記

読書感想文が本嫌いを加速させてるんだったら意味不明/先生のリテイクはトラウマ

読書感想文でうっかりいい感じにかけると先生という編集者に絞り上げられる

わたしは子どもがいませんし、子どもに接する機会もあまりない立場です。なのでコレは完全に主観の話。

子どもの頃から本が好きでした。活字を読むのに全く違和感を感じずただ楽しく好きなお話を読んでいました。
が、わたしが好んで読むのは民話系の怖い話と、動物系のなかなかにえぐい実話(熊とか狼とか)。

で、憂鬱だったのは読書感想文です。

本は好きですし、普通に名作系も読んで楽しめていたのですが、これに「感想文」がくっついてくるとなるとまた話が別でした。

なにしろ先生によるゴリッゴリの添削が入るわけです。
で、直しに直されたあげく、結局自分がなにを思ってどう感じたかなんて分かんなくなっちゃう。
何度か感想文の賞に応募する候補になったことがありますが、あれがまた地獄でした。ちゃんと書いて提出したのに、ダメ出しに次ぐダメ出し。真っ赤に直された原稿用紙。リテイクされすぎて訳分かんなくなりました。

最終的にOKが出て応募した文章は、自分の想いはバラバラになり「誰の文章?」と思っちゃうぐらいかけ離れていた気がします。

さて、それが高学年ぐらいになると「先生が望む感想」というのがうっすらと分かるようになってきます。いやぁ可愛げのないガキでした。

ただそこの頃は「選ばれる」喜びというのは確かにあったんです。単純な承認欲求です。
そして表彰されると図書券が貰えた……(笑)

 

本は好き、だけど感想文が嫌い

それも中学、高校になるともう選ばれる方が面倒になります。
感想文にはまるで向かない本を選んで書いていました。出せばOKですからね。
その頃には完全に自分にとって読書は娯楽だったので、お勉強で強要される本はごめんだったわけです。自分で選んで勉強したい本ならともかく、「感想文」を必要とする本が嫌だった。

課題図書はその作品自体はいいものも多かったと思います。実際面白かった本もありました。
ただ、それで求められる感想文の傾向というか、狙う感じが本当に嫌でたまらなくなっていました。

小学生、中学生のころはまだ素直だったと思います。が、高校生ぐらいになると、感想文の違和感に気づくんです。

こうしてブログで文章を書くこととはまた違うものでした。

 

先生が求める事。
賞を取るために直される自分の想い。

賞に応募して、文集に載った自分の文章は、確かに自分が書いたはずなのにどこか別モノへと変わってしまっていました。読んでもピンときません。まるで他人の文章です。

文章作成について学ぶ、という観点なのかは分かりませんが、小学生でゴリッゴリに文章直されることって必要か、とも思うんですね。例えば誤字脱字、文章として何か間違えているのならともかく、こう思った、こう考えた、というところすらバンバン直されますからね。

生徒考えのいい部分を生かして……なんて事もあるのかもしれませんが、わたしの記憶する限り悪夢のようなリテイクの嵐だったことしか……(笑) しかも全員同じ先生じゃありませんでしたから、珍しい話ではないと思います。

写生とかは良かったんですよ。絵を描くのは好きだし、なにしろ1回仕上げたらいいんですから。結果だけの評価ですからね。
感想文だけなぜこうなるのか……。単純に仕上がったものからいいもの選んで誤字脱字直して提出でいいじゃない。

わたし以外にも絶対アレでウンザリした経験した人はいるはずです。

もっと言うとそれほど読書が好きでもなかったら、感想文であれだけやられるのは読書とセットでウンザリ体験になるでしょう。それで読書まで嫌いになっちゃったら本末転倒なのになぁって思うんですがね。

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