つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

読書について 雑記

質より量で攻める時期があって、今の自分の本の好みが形成されている

若いうちにしか出来なかった読み方

高校生ぐらいで読書にはまると、自分が読むのが楽しいのもありますが、あまり本を読まない同級生たちとの違いにちょっと「ふふん」となる時期でもあります。客観的に見ればただのオタクだったんですけどね。まぁ若気の至りです。

で、ポーズじゃないですが、ちょっと背伸びした読書もするんですよ。いまいち理解の追いつかない小難しい系の本とか、長大すぎて手に負えない系とか、今時じゃないちょっと古めの名作とか。

じゃあ今それを読むかというと、そうでもないんですよね。
年々せっかちになるのか、あまりにも長すぎて読みにくい小説って、ちょっと食指が動かない。とくに読みにくいっていうのがネックです。

たとえば、今「ドグラマグラ」を読めと言われると正直厳しいです。今読んで理解できるかもビミョーなラインですし。情けないけど。
このイマイチ理解できない難解な小説を努力して読み終える忍耐力っていうのも若いうちではないでしょうか。

環境に恵まれた高校生時代

入学した高校は市の図書館が近くにありました。最新作が常に入るというわけでもないですが、小説の在庫量はなかなかでした。おかげで本に困る事はなく、高校生〜20代前半はかなり本を読んでいました。この頃は積極的に知らない作家さんも読んでいて、発掘に余念がなかったです。

今ではそのころに好きになった作家さんの本を追いかけるのが精一杯になってしまいました。
量で攻めて行ける時期は確実にあります。「読みたい」欲も最高潮でした。
たとえば、休日の朝起きて図書館に行き上限の5冊を借ります。その日のうちに3冊、次の日に残り2冊を読んでしまい、返却がてらまた行って……ということもありました。
今ならできる小休止も出来ず、大長編を寝ないで読んでしまったということもよくありました。
睡眠<読書な生活だったんですよね。

この頃はお小遣いもバイト代もほぼ本に消えて行きました。

おかげで勉強も散々。得意だった国語と好きだった歴史ぐらいはそこそこ点を取れましたがそれ以外はからっきしです。読書好きとお勉強は一切関係ない良い例です。

お勉強しなかった後悔はちょっとだけありますが。

新しいものよりも、自分が今欲しいものを求める

年齢を重ねるごとに新しいものを発掘しようという気持ちは薄れて行きます。なにしろ既存のものでまだまだ触れていないものが沢山あるんです。世の中のスピードにも追いつけなくなってきます。そして、優先順位も生活が上位に来ますので、振り捨てて読書に没頭ということもなかなか難しくなります。

あの頃寝ないで読んでいた本は、今数日かけて1冊読み終わる状態です。1つ1つをじっくり、というと聞こえは良いですが、勢いにまかせて読みふける楽しさは年々失われています。

そんななかで選んで読むものは自然と「本当に読みたいと感じたもの」に厳選されていきます。あのころに培った自分の嗅覚が「これは読みたい」と嗅ぎ分けて選別して行くんです。数ページ読んでどうにも進まないものはよほどの義務(仕事で使うとか)じゃないかぎりは、読むのを止めてしまいます。

入ってこないものを無理に読んでも仕方がないです。
好む、好まないに関わらず、必要と感じたらあうあわない関係なく意外と読み進められるものです。そこでどうしても「入ってこない」ものは今自分には必要ないんだな、と諦めてしまえば良いいんです。

面白くもない義務で読んだ本って、ビックリするぐらい覚えていないものですよ。

多分、今読んでいないわたしにとって「難しい本」も時が経てば食指の動く「面白い本」になる事もあるでしょう。今読むべき本だった、という瞬間が訪れるのを待つのも悪くないかなと思うんです。

10年後、今のわたしの読書で得たものが影響して、また違う価値基準で本を選べるようになっているのかもしれません。

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