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【映画】ミスト/スティーヴン・キング原作「霧」に新たな結末が!

2016/10/07

簡単なあらすじ

家族と湖のそばに住む画家の主人公。ハリケーンの翌日、買い出しのために家に妻を残し、息子と隣人を伴い町のスーパーマーケットまで出掛けます。
停電しているため混み合うスーパーマーケットで順番待ちをしていると、サイレンが鳴り響くと同時に店を霧が覆います。そこに怪我をし、錯乱した男が飛び込んできて「霧の中に何かがいる!」と叫びます。
いったい何があるのかわからないまま、人々はスーパーマーケットに立てこもるのですが……。

スティーブン・キングの中編「霧」に新たな結末を付け加え映画化した作品です。

ネタバレアリの感想です

 

 

霧とともに現れた怪物はいったいどこから来たのか

原因らしきものはやんわりと説明されますが、それが何かは明かされません。キングの中編はこの映画以上に曖昧で、結末すらぶん投げた終わりです。
どちらかというと主題はこの怪物たちではないので、変異の原因とかは解決されなくてもまぁ良いかって感じです。軍の研究が関係してるっぽいよ、という噂レベルの話だけです。それも後々効いてくるわけですが。

よく知っていると思っていた友人、知人の変貌

舞台が田舎町なので、スーパーマーケットに来ている人たちの多くが友人や知人です。極限状態に置かれ、錯乱する人々の集団心理の危なさ、何かにすがらないでいられない弱さが炙り出されます。
見知った人たちがどんどん恐怖で理性を失ってゆく怖さ。スーパーマーケットという閉じられた場所で、少数派だった「神にすがる」人の割合が逆転していく光景がグロテスクです。信仰は人を救うものですが、先導する人によって簡単に暴走してゆきます。

人々を扇動するミセス・カーモディ

見た人全員が思うのは「宗教ババア黙れ」でしょう。さいっっっこうに関わりたくないタイプの人です。
ただそれだけじゃないのがこの作品の怖さ。霧の中の化け物もたしかに怖いですが、何を信じたらわからない状態で、自信満々に演説するミセス・カーモディが唯一のすがる相手となっていくのです。
まともな判断能力を失い言うがまま生贄として軍人を吊るし上げて差し出す人々は正気とは思えませんが、もはやあのスーパーマーケットの中では主人公たちの方が少数派と成り果てるのです。

なんの確信があるか、とすら思えるカーモディの言動ですが、彼女は確信的に信じているわけで、それが正しいかどうかは問題じゃないんですね。彼女の中では正しく、真実であるわけですが、多くの人は彼女のその狂信的な部分にすがり、考えることを放棄してしまい、彼女の語る神の声に疑問すら覚えません。

考えない、見ない、ただ都合のいいことを信じる。
彼らは助かったかもしれない。けど、あの狂気的な空間で確証もないままに生贄として明確に殺意を持って人を外に放り出した、という経験は決して自分たちの中から消えることはないでしょう。さらに、誰かのせいにしようとしても、肝心のカーモディは死んでしまっているわけですしね。

この監督のすごいところは、この主人公たちに与えた結末。

結末に大胆な改変を加えた映画版ですが、かーなーりー良い。後味最悪というのはホラー映画では大事な要素です。誰がハッピーエンドを求めてホラー映画を観るんだよ! 後味最悪でも最高だよ! と言える作品を求めているんだよ!

何を信じるかは自由です。
主人公たちは状況を打破するために自分たちが最善と思う行動を取っただけです。ただ、最後の最後、早まってしまった。

最高に皮肉なのは、序盤で「子供を迎えに行きたいから誰かついてきてくれ」と懇願してた女性がバッチリ助かっていたところです。誰もついてきてくれないと分かると、呪詛の言葉を吐いて出て行くのを見て「そりゃみんな行かねーだろ……」と思ったんですが、改めて観ると、彼女と一緒にスーパーマーケットを出て行くのが1番だったのかもしれない、という示唆も感じ取れます。

生きることを諦めてしまった、ということに対する制裁のようなエンディングです。怪物に襲われた人たちがどんな最後を遂げたかを散々見ている主人公たちからすれば、車を捨てて外に出る、という選択肢はなかったのはわかります。中盤息子から「僕をあの怪物に殺させないで」(だったかな)みたいなことを言われたのも、伏線だったわけです。そりゃ親からしたらあんな思いさせたくないでしょう。それこそ究極の選択ですよね。ただの無理心中とは違う。

後味悪すぎてあまり良い評価ではないらしいです。絶望的すぎるのかな。
あんなに必死に頑張った主人公に与えられたのがあの結末では、映画館出て呆然としちゃいますけど、ホラーってそういうものですよ。予測のつかないバットエンドでなんぼです。

原作の「霧」の結末との違い

ちなみに、スティーヴン・キングの原作「霧」の結末は大変曖昧です。

スーパーマーケットを脱出するまでは大筋でそれほど違いはありません。
その後主人公たちはあちこち移動していくのですが、生存者にも出会えず絶望的な状況です。そんな中、主人公は雑音しか聞こえないラジオからある言葉を聞き取ったところで終わります。

はっきりいってそれも主人公の願望なのではないかと思えるようなわずかなもので、彼らに希望が残っているとはとても思えません。

映画とはまったく別の余韻を残しています。

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