つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

仕事のこと 雑記

インプットとアウトプット

文章作成に対する慣れ

後輩の報告書の添削を上司から指示されてチェックしたんですが、報告書というより文章としていかんだろ、というのがありすぎて疲れました……。

そもそもとして、「、」が極端に少ない。息継ぎどこやねん。さらに接続詞で延々と文章が繋がっていて「。」もあんまりない。
文章が「〜だったが〜が理由と考えられ、さらに〜と思われ、そして〜が〜で〜という結果になったが、」という具合に3行以上つづいていたりする。君は「。」の存在意義をどう考えているのかね。

「〜だった」と「〜です」が混在。統一しろ。

簡単にいうと「とても読みにくい」。

これじゃあ内容が全然入ってこない。まずは意味が分かる文章に直さねば。

  • 「、」の挿入と「。」で文章を区切る。
  • 重複して何度も説明している部分を削る。
  • 文章を「ですます」か「だ、である」のどちらかに統一する。
  • 箇条書きの方がいい部分を抜き出してまとめる。

などなどテコ入れにテコ入れを重ねて何とか形になりました。

報告したい肝の部分をカットせず、言葉もなるべく後輩が作ったもとの文章を生かすようにしました。報告するのは後輩ですから、「自分で作った」というのをなくさないようにしないといけません。

逆に言うと、その程度の直しだけで大丈夫な報告書だったんです。

内容は悪くないんですよ。それなのに文章がとっちらかっていたために読んでもピンとこないものになっちゃってたんです。
こういうの本当にもったいない。

書くのが好き、は大きなメリット

文章の細かな作法は知らないけれど、間違いに対して違和感を感じとる事はできる。

わたしもそれほど自信を持って「文章が得意です!」と言える人間ではありません。文法に照らし合わせるとおかしい事も書いているでしょう。それでも、報告書の体裁を整えたり、伝えたいことを伝えるためにどう書いたら分かりやすいかを考える事はできます。

語彙力はいくらあっても足りません。本が好きで沢山読みますけど、文章を作成していてしっくりくる表現が見つからない時があります。特に仕事の報告書となると言葉も普段と違ってくるから、なれないと言葉のチョイスが不味かったりするんですよね。

かっちりした決まり事がわからなくても、ふんわりと「この文章おかしい」とか「ここもっと違う表現の方が良い」とか「この文章しっくりこない」とかそういう違和感を感じ取れるとかなり違います。
正しいのがなにかわからないけどなにかがおかしい! と思えれば「ここどうしたらいいかな?」って誰かにきけますからね。

ふわっとした違和感て、馬鹿に出来ません。「理由はわからないが日本語がおかしい!」がそもそも分からないと、おかしい事に気づけませんから。まずそこから。

声に出して読むのはチェックとして最適

わたしの指摘にピンとこないところもあったようなので、後輩には音読を薦めました。
黙読だと多少間違えていても脳が理解しちゃう部分もあるんですよね。間違いを勝手に補完する、みたいな。音読だと言葉遣いの変化「〜だった」で統一していたのにいきなり「〜です」が混じるとかはすぐに気づけるでしょう。

誤字脱字にも気づきやすくなると思います。そしてなにより、「、」と「。」の大事さに気づけるはず! ……はず!

こういう報告書の類いはわたしも大嫌いです。嫌いだし時間かかかるし、だとすぐに脳がショートしちゃうんですよね。後輩の場合なれていないから尚更です。

とは言っても、経験しないといつまでも慣れられません。
今後も添削は続くでしょうが、気長に上達を待ちます。
今は言葉+内容のダメだしでボッコボコにされるからションボリしてますが、そのうち内容だけになるのか、文章が追いつかなくなるのかどっちかな……。

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