つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

映画のこと 読書について 雑記

レビューは「書いた人の感想」でしかない。作品は人によって評価が割れるのは当然。

「これを良いと評価する人の気が知れない」というのは大きなお世話

レビューを読むのが好きです。
自分と違う感想や、気づかなかった部分を指摘していたりするのが面白いです。自分と違う意見や感想は楽しく読めるんですが、嫌いなのが「なんでこの作品がもてはやされているのかわからない」的な意見。もっと酷いのは「こんなの好きなやつの気が知れない」的なもの。

それは放っておけよとしか言えませんよ。
作品がつまらなかった。自分には良さがわからなかった。はいいんですよ。それは人それぞれなので当然です。ホラーが好きな人がいれば嫌いな人もいます。そんなことは理解しています。

それを好きな人に対して否定的なのはどうかってことです。

逆に面白さが分からなかった時、「これがわからないやつはダメ」的なのも勘弁してほしいですね。好みの問題でしょ、それは。

この類の感性の違いを、まるで自分が否定されたかのように感じる人がいるんです。やっかいです。

「感動」と一口に言ってもそれだって人それぞれ

食べ物の好き嫌いと同じで、作品だって好き嫌いがあります。わたしは「いい話」の押し付けが嫌いで「泣ける」と書かれているものはまず観ません。映画を見て泣くのが嫌というわけではなく、泣くのを前提とされるのが気持ち悪いのです。
泣くかどうかはこっちの問題ですよ、と思うんです。

どこで感動するかというのもまた違いますよね。
泣けるから感動なのかっていうとそういうわけでもないですし。

じゃあ感動する作品ってなんなんでしょう。
自分の場合はガツッと心を掴まれる作品がそれです。言葉にできないぎゅーっとした感じ。感じたことを解体して解説していくことはできるのですが、それをまとめたところで、自分がその時ぐっときた部分というのはうまく表現できないものです。

感動とはまた違うのが「これ好き!」という作品。
だいたいサメ映画とか、「キャビン」とかがそれに当たりますね。感動はしないんですが、もう最高に好きです。ホラーじゃないけどエクスペンダブルズとか大好きです。感動はしない。や、あのメンバーが出てるっていう事実が感動ではあるか。

映画も漫画も小説も、結局それに価値を見出すのは結局個人の感覚です。
世の中の人大多数が褒めてる映画が自分にとってすばらしいわけでありませんしね。

作品に接して、自分がどう感じたかを素直に受け止めることが第一です。

例えば、色んなメタファーが含まれた作品だったり、なにかに対するオマージュだったりすると、元ネタを知っているかどうかとか、暗喩に気づくかどうかとかいう問題もあります。伏線だって、気づかないでスパーンと騙されるのが楽しいときもあれば、「あの展開くるな」と思って見るのが楽しい時もあります。

知識不足で読み違える事もあるけど、それでも、わたしは作品に対する感想は接した瞬間感じたものが、一番大きいと思うんです。直感と言うか、周りの評価とかそういうもの抜きにした自分が感じるもの。

この歳になって思うんですが、「好きか嫌いか」にすべてが集約されちゃうんですよね。それ自体の価値はそこにはないのかもしれませんが、自分にとっての価値はそこでしか計れない。
なので、人のレビューに触れる前に、自分はどうだったかをちゃんと考えるって大事だなって思うんです。「ああこの人はこう思ったんだ、でもわたしはこう思うけどね」てちゃんと言えるように。

創作物に触れる時は、人の意見よりも自分がどう感じるかを大事にしたいです。

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