つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

雑記

役に立たないものはいらないもの? /他人と自分の価値の基準は違う。

役に立たないことがとが楽しい

わたしの趣味は「楽しい」という意外に役立たない事がほとんどです。
役に立たないってどういうことかなぁって思うんです。大抵が「不必要」と同義で言われる事が多くて、よく聞くのだと例えば三角関数を「人生のなにに使うんだ」という意見ね。気持ちは分かる。わたしもあの辺はとっくに数学に挫折した後だったから訳分かんなかった。

役に立たないじゃん! なにに使うんだよ! という嘆きは強制される勉強なんかによく言われる事です。まぁ、使うんですよ。実際その数年後の受験で。
とまぁその回答すら常套句になりつつあるものですね。

お勉強は置いといて、趣味です。

なかなか理解されない趣味の場合だと

①「それ、何の役に立つの?」
②「時間もったいなくない?」
③「浪費だよ。貯金しなよ」

言われますね。すごく言われますね。

でもそれって、その評価を下した人の主観でしかないんですよ。役に立つかどうか、はその人にとって役に立つかどうかであって、わたし自身のそれに対する評価は依然として変わる事がないんです。

ゲームなんかは大体②の評価がついて回ります。「わたしが」楽しいんだから放っといてくれってだけの話なんですが。
読書だと対外的には褒められる事が多いですが、傾向を知る親なんかは「また本ばっかり……」と苦笑いでした。そりゃね、娯楽ですからね。

役に立たない事はしてはいけないの?

もっと世の中の役に立ちたい、という気持ちって立派だと思います。それは個人の意志であって、人に押し付けるものではないんですが。

でも、人って日常的に「これは役に立つか」なんて判断してなくないですか? 食事だって栄養バランスしっかり考えて食べるときもあれば、ただただ「美味い」という欲望のままの食事だってあるわけです。

小説だって、漫画だって、映画だって、架空の話ですけど、それが人生を変えるほど影響を人に与えることがあります。お勉強になるものだけが素晴らしいわけではないのです。何かに取り組むときの動機のスタート地点は、案外この辺にあったりしますから。

この世界にあるもので、世界のすべてから必要とされているものなんてごくごく少数です。空気や水レベルですよ、そんなものは。

誰かの評価よりも自分にとって必要かどうかで考える

「何かの役に立つかも」でとっておく物って捨てるべきものの筆頭だったりします。
漠然とした「役に立つかもかも」という予感よりも、「わたしはこれが好きだ」という物をそばに置いていたほうが幸せじゃないですか?

「すっごい役に立つから読みなよ」と渡された本より、本屋で「うわ! あの人の新刊出てる!」と手に取った本のほうが読むときのテンションが違いませんか?

断捨離はいいけれど、大事なものまで無理して捨ててない?

世間でいいとされていることでも、自分に合わないことってあると思います。
親や兄弟、友達にとっては理解できないものが、自分にとってすごく大事だったり、大好きだったりする。その意見の違いをすり合わせるのはすごく難しいことです。永遠に理解されない趣味だってあるでしょう。

そういう時はもう開き直るしかないんです。無理して合わせても後悔するのは自分です。
彼らにとっては役に立たない無駄なものでも、それが自分にとって大事なことなら大切にしていいんじゃないでしょうか。

ブログだって自己満足ですからね。
先日やっていた「休日にどれだけ記事書けるか」という自分チャレンジも、他人から見れば「時間もったいない」になっちゃうでしょうし。

つらつら書いてきましたが、わたしが総じてこの手の記事で言いたいことは、外野を気にせず楽しいことをやっていこうよ、ということです。

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