つぶらいん

本や映画のレビューを中心にしつつ、ぼっち&出不精生活を満喫する管理人の日常のブログです

ひとり暮らし 雑記

ひとりは寂しい? なんで?

2016/07/10

休日がひとりだと寂しいと決めつけられる理不尽

寂しいイコールやることがない、ということじゃないかと思うんですがどうでしょうか。マックスに予定入れてますよ。ひとりで。

やりたいこといっぱい 001

こうしてブログを更新するのだって時間がかかります。映画を見て、レビューをまとめて、更新して……。毎日仕事していますから、休日は他のネタを仕込むチャンスでもあるのです。

だいたいひとり暮らしなんですから、家事労働も休日に被さってきます。洗濯して、掃除して……。平日の残業が酷いと部屋は大荒れです。わたしは生活時間の余裕のなさがダイレクトに部屋に出るタイプです。そういう時期の掃除は半日かかります。これは自分でもどうにかしたいところですね。

日用品の買い出しも休日です。平日は起きてすぐ仕事行って帰宅は深夜。もうコンビニぐらいしか開いていません。休日に買い物は必須です。

ほかにも、読みたい本はいっぱいあるし、絵も描きたい、ブログの勉強もしたい……やりたいことは山積みなんです。

この合間を縫って人と会ったり、実家に行ったりしているのです。大忙しですよね。寂しいとか言ってる場合じゃありません。

寂しいってどういうことだろう

冗談抜きで、ひとり暮らしを初めてこのかたいっさい寂しいと思ったことがありません。薄情なようですが、初日からわくわくしっぱなしでした。
たとえば、ひとりで出かけてちょっとした待ち時間があったとしても、「暇だなー」と思っても寂しいとは思わないんですよね。
みんなどういうときに思うのかな。

悲しいはもちろんあるんですけど、ひとりで悲しくなるって言う訳じゃないよなぁって。

仕事のことで悩んでいたときも、ひとりで悩んでつらくて泣いたりしました。でもそこに誰かいたとして頼るかって言うとそういうんじゃないんですよね。頼れる人がいなくて寂しい? うーん、それは自分で考えて結論出すことだから、誰かの存在は別に……て感じで。

で、こういうことを言うと、「その発想が寂しいわ」とツッコまれるんですが……。えー、そうなの? ていうのが正直なところ。

他人をいっさい必要としていないわけではありませんし、友人や家族、仕事の仲間なんかは人並みに大事には思っているんですけどね。ただべったりするのはすごく苦手で、人との距離感が他の人より大分開いているなぁとは思います。パーソナルスペースもすごく広い自覚はある。

たとえば、おいしいご飯を食べたときに「おいしいね」って言える相手がそばにいれば、それはそれで楽しいでしょうし、幸せを感じるかもしれません。
でも、現実問題いないわけで、さらに、いないからと言って不幸かというとそういうわけでもないんですね。ひとりでもおいしいご飯は食べられますから。

こういうことを言うと、ぼっちが強がってる、とかとられちゃうんですが、いや、そういうひともいるねってスルーしてもらえませんか。
こっちはひとりで楽しくわーいって楽しんでいるのに、外側からの評価で「寂しそう」っていわれると勝手に寂しい人認定になるんです。それが納得いかない。

そりゃね、内心超テンション上がっていたって、ひとりだから表には出しませんよ。ひとりでご飯食べてて、「わーこれめっちゃうまい!」と独り言連呼してたら危ない人でしょう……。そこに店主がいれば「美味しいですね!」ぐらい言うかも知れませんが。ひとりでテーブルにいたら黙々と味わうのみになるじゃないですか。

ひとりじゃできないこともある。そんなことは理解しているんです。
ただ、極力ひとりでがんばりたい。その方が性に合っている、なんて人間がいたってなんの害にもならないじゃないですか。

悪いことしてるわけじゃないけど、なんでか特別視されるぼっち

カップル文化も疲れますが、それ以上に多人数文化も疲れます。
クリスマスに恋人がいなくたって、友達と騒ぎたいわけでもないんですよ。家でひとりでケーキ食べてホラー映画見てブログ更新して留のも幸せの形なんです。

読み返すとすさまじいこじらせっぷりが露呈しているような感じになっていますね。まぁそれもまた他人の評価です。人生楽しければそれでいいって気がするんで、このまま開き直っていきましょう。

ひとりでこじんまりと幸せなぼっちせいかつを営むのもまた楽しいのです。

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