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【映画】肉/一家の信仰に隠された秘密に苦悩する美しい姉妹

2016/12/11

タイトルとエレガントなジャケットにギャップがあるのがインパクト抜群の作品です。原題と邦題が違うんですが、これはこれで良し、というところ。

タイトルからうっすらと察せられる不穏さが、作品の魅力を増しています。

2013年 アメリカ
監督:ジム・ミックル
出演:ビル・セイジ、アンビル・チルダーズ、ジュリア・ガーナー

※ネタバレ注意!

あらすじ

母親が嵐の夜、買い物に出た先で倒れてなくなってしまいます。残されたのは父親と美しい姉妹と幼い弟。
嘆き悲しみながらも父親は長女のアイリスに母に変わって週末に行う「子羊の日」の実行を命じます。これまでは母の役割だったものを、アイリスが受け継ぐのです。父から、家の信仰の始まりを記した初代の日記を渡されるアイリス。困惑しながらも、彼女は長女の勤めとそれを受け入れます。

しかし次女のローズは家族のあり方に不満を持っています。もう「子羊の日」なんて嫌だ、と姉にこぼします。アイリスは2日後の「子羊の日」が終われば1年後まで時間があるから、その間に抜け出す方法を考えよう、とローズを宥めます。

昔から家に続くある風習を受け継ぐ家族の物語

タイトルからすごく不穏。

独自の信仰を持つ一家の母が嵐がきっかけで亡くなります。一家は数日後の「子羊の日」に向けて断食中。

その子羊の日というのが一体どういう日なのか、ほんのりとほのめかされつつ話はゆっくりと進みます。タイトルとこのほのめかしのおかげで、観てる側はこの家族が何をしているのかは大体理解できます。そしてそのイヤーな感じはストレートに展開されることになります。

よくあるカニバル映画ではガッツリのスプラッタ描写が売りだったりするわけですが、本作はとても控えめ。
独特の信仰でガチガチに家族に縛られた姉妹の苦悩がメインなのです。

一家の怪しさに気付く唯一の人

主人公の姉妹たちの葛藤と同時進行で、町医者のバローが家族の秘密に迫る過程が描かれます。
娘が行方不明になったことがきっかけで、この町周辺での失踪者の多さに気がつきます。嵐の後、犬の散歩中偶然流されてきた人骨の一部を発見。警察に相談するものの、保安官には軽くあしらわれてしまいます。

一家が何をしているのかは明白なので、この医師が真相に迫りすべてが明るみに出るのか、もしくは姉妹が助けを求めたりするのかな、なんて思ってたんですが、甘かったです。

彼が医師という立場で得た知識で、食人にたどりつくのは面白いです。

親父がクソだなー、と思うのは簡単なんだけど……

この父親がまた酷い……のですけど、もう一家が丸ごとこの信仰に飲まれているので、彼ひとりを責めて終わることができません。

終盤で次女が姉も死んでしまったと思い、混乱に乗じて弟を連れて逃げ出すわけですが、追いすがる父の姿と泣くばかりの彼女に、「そんなヨレヨレなんだから一発ぶん殴って逃ろよ……」と思うでしょう。
しかし、姉の生存を知らされ、弟は父の手の中。彼女は結局父親の元へと戻るのです。

このまま終わったらモヤモヤ系ホラー映画だったんですが、ここからさらに話は急展開。
「さぁみんなで死にましょう」と言わんばかりに毒入りシチューの皿が並べられ、姉妹は覚醒します。まさにクライマックスと言えるシーンです。

ここまで静かに静かにゆっくりと進めてきた話は、このためだったのかと。

彼女たちの解放の物語

父親を捕食し、彼女たちは家を去っていきます。その手には家に伝わる初代の日記。
彼女たちはあれほど嫌がっていた信仰を続けて行くことでしょう。皮肉なことに狂信的とも言える父親から解放されることで、彼女たちは自分たちの意志で「食事」を続けるに至ります。

冒頭で母親が事故死したことで、思いがけず儀式を受け継ぐことになった長女の姿は、急に大人として扱われることになった困惑がありました。彼女は自分に課されたものをなんとか全うしようと努力しています。それでも感情はついていきません。
「もうこんなことはしたくない」と話し合う彼女たちですが、幼い頃から根付いた習慣から簡単に抜けることはできないのです。

父親は狂信的で支配的に見えます。しかし彼はそこまで強靭ではなく、長年の食習慣で病気も患っています。
外部の人間に対しては容赦ない暴力を使うシーンもありますが、彼は娘たちを傷つけることはしません。家族を心から愛しているのです。
彼女たちは実力行使で逃げることも、外部に助けを求めることもできたでしょう。
しかし長年の家族としての習慣は彼女たちにとって何よりも強い枷になっていたのです。

ラストシーンは父親を捕食することで、彼女たちが自分に目覚め受け入れた瞬間です。
ここから先、自分たちの意思で信仰を貫いていくことでしょう。

果たしてこの一族はどうやって信仰を維持してきたのか

性質上かなり秘められた信仰なわけですが、果たしてどうやって維持されてきたのでしょうか。
例えば、集落で多少の人数がいるのなら、その内部で婚姻を続ければ維持は可能ですが、外部の人間と婚姻関係を結ぶ場合、さすがに受け入れがたいものだと思うのです。

トレーラーパークを経営していますし、一族の墓場なんて場所もあるのだから、この土地に長く根付いているのは確かです。近親婚をくりかえしているという雰囲気でもありませし、うーん……どうやってたんだろう。あちこちの土地に親戚がいるとか?
始祖の日記という重要なアイテムがこの家にあるし、一族の墓も近く。ということはこの家族が、信仰の中心なのは確かです。そうすると親戚っていうのは難しいのかな?

婚姻関係の難しさもありますし、もしかするとだんだんと廃れていって今はこの家族だけになってしまった、ということもありえます。

謎は残りますが、主題はそこではないので良しとしましょう。

原題が意味深

日本版タイトルは「肉」ですが、冒頭に現れる原題は「We Are What We Are」。英語は詳しくないので直訳すると「私たちは私たちである」。

アメリカのことわざで「We are what we eat.」というのがあるそうなので、それからきたタイトルっぽいですね。直訳だと「私たちは食べた物でできている」という感じ。

これはあのラストシーンを観るとかなり意味深。
(英語、詳しくないんでもっと気の利いた言い回しなのかも)

最後まで観てこの原題の意味を知ると、彼女たちのこの先を考えて憂鬱な気持ちになります。

R18指定にされたのも、描写が、というよりも描いているものの問題でしょう。張りつめた空気が持続されてきて、はじけるあのラストシーンで全部清算される映画です。

主人公の姉妹たちが美しいので、それだけでも観る価値がありました。

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