まず設定がかなり斜め上。
殺人タイヤ、というフレーズで「バカなホラーを観てやろう」と思って手に取ると、予想をかなり上回る斜め上に吹っ飛んでいくストーリーにポカーンとすること間違いなし。
ツッコミの追いつかない展開と、ギャグなのか大真面目なのか判断に困る映像のインパクト、さらにストーリーの掴めなさが相まって独特の余韻を残す不思議な映画です。
「Lover」じゃなくて「Rubber」ね。カタカナで「ラバー」だと紛らわしい。
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あらすじ
荒野で大量の双眼鏡を持って誰かを待つ男。そこに1台の車がやってきます。
その車から降りてきた警察官の姿をした男は、映画についての独自の理論を語ります。彼が去り、残された男は、彼の後ろにいた大勢の人々に双眼鏡を配ります。
彼らが双眼鏡を覗いてもそこには荒野が広がっているばかり。ひとりがゴミの山を見つけます。
荒野に打ち捨てられた古タイヤ。
彼はあるとき意思に目覚め、己の意思で転がり始めます。捨てられたゴミやサソリを楽しそうに踏みつぶして進んでいきます。しかし固い瓶は彼の力ではつぶすことができません。そこで彼はさらに念力に目覚め瓶を破裂させます。
彼の行動はどんどんエスカレート。動物を破裂させ、次には人間に……。
馬鹿なギャグホラーかと思ったら、思った以上に斜め上の作品でした。
ラバー
2010年 フランス
監督:カンタン・デュピュー
出演:スティーヴン・スピネラ、ロキサーヌ・メスキダ
※ネタバレ注意
シュールすぎる謎展開の連続に唖然
あらすじで書いた下半分だけだったら馬鹿ホラーなんですけど、メタ的展開を含んだよく分からない作品です。
あらすじの上の部分の人々は観客。彼らが鑑賞するのが、タイヤによる殺戮映画というわけです。
古タイヤが殺戮を重ねるのと同時進行で、観客たちの案内人(メガネ)が彼らを毒殺しようとします。観客を全員抹殺したと判断した警官は「これは本当じゃないんだ」と宣言し撤収しようとします。
しかし彼らから提供された食事を拒んだひとりが生き残っていたため、映画を続行せざるを得なくなる、というわけです。
こうなると出てくる人々は虚構を演じているのかとなるんですが、警官とメガネ以外は特に演じている自覚もなく、死体も本当に存在します。
さらには観客は隔離されているわけでもなく、殺されたり本編に干渉したりします。
タイヤが意思を持って殺戮を重ねるのに方法がなぜか「念力」
最初は無邪気にペットボトルをつぶしたり、サソリをひき殺したりしていたタイヤですが、自分の重みでは歯が立たない存在(瓶)に出会い念力を発動します。
ゴムのボディをブルブル震わせて念力を発動(無言)する様はシュール。すごくシュール。彼がブルブルし出すと、だいたい人の頭が吹っ飛びます。そういう映画です。
まぁ車にくっついているならともかく、タイヤ単体では殺傷能力に問題ありますから、手っ取り早く念力持たせたわけですね。しかし念力……念力か。
タイヤ! タイヤ! タイヤ! 無表情なのに感じる表情がある!
部屋を片付けにきたホテルのメイドが、ベッドを見るとシーツが真っ黒なシーンで失笑。そしてシャワーを浴びるタイヤを発見して外にポイでなんかこの映画に掴まれました。
もちろんメイドは頭をバーンされます。
その他にも、道中出会った美女が入っていたプールに自分も入ってそのまま沈んで出られなくなったりとか、各所で馬鹿な行動も散見されます。
古タイヤだからシュールですが、人間なら気味の悪いストーカーなんですよね。美女を覗いてる姿とかかなりアレですよ。
追われる身となったタイヤは殺戮を重ねまくりながら逃亡します。
警官が民家の中で見つけた彼は、ソファーに乗ってテレビでカーレースを観ています。
タイヤが、テレビで、カーレースを観てる。
お、面白いのだろうか……。
登場人物たちもヘンテコ
彼が泊まったモーテルにいる少年が、一番最初に彼の正体に気付きます。しかし当たり前の話ですが、そんなことを誰に言っても信じてくれません。
父親に叱責されピザを買いに行かされる少年。
彼は帰りがけに見つけたカラスの破裂した死体から肉を取ってピザにトッピング。父へのひっそりとした復讐です。親もアレだけど息子もひでぇ。
この少年が物語の鍵に……なったりもしません。
どんどんこちらの予想を振り切って別の方向へと向かいます。
ヘンテコなんだけど「クソだ!」と言い切れない何かがある!
タイヤが殺戮を行うのに理由なんかないし、そもそも彼が意思に目覚めたのにだって理由がありません。それに関しては冒頭で語られているので、言うなればこちらは「そういう理由はない映画」だと理解してみるからかなり親切設計と言えるでしょう。
途中で観客全員を毒殺したと思ったら、残ったひとりをお粗末な方法で毒殺しようとするし、さらに毒が入っていると分かっているのに自分で食べるメガネとか、もう「?」がいっぱいです。
しかし、冒頭の「理由なんかないヨ」宣言のおかげで、変な展開もなんだか許せちゃうのです。殺し損ねたおじいさんの横で、彼を毒殺するために用意したご飯をパクパク食べながら子供の頃の話をするメガネの図は本作の見所のひとつです。
この頃には突っ込む気も起きません。
最初の「理由なんかないヨ」宣言が全編にわたって効いています。
こういう映画はその裏にある監督の真意とか、メタファーとか考えちゃうんですけど、「ないない、理由なんてない!」と言ってくれるのでなんかもういいやってこっちも思っちゃう。